ロシア:劇場のしおり


旧ブログ名:『サンクト・ペテルブルクからのひとこと日記』■サンクト・ペテルブルクやモスクワを中心に、ロシア各都市の劇場トピックスなどをご紹介しているJIC旅行センターのブログです。
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カテゴリ:公演の感想(バレエ)( 164 )

2018.5.21 エイフマン・バレエ「赤のジゼル」

マリヤ・アバショーワ
イーゴリ・スボーチン
オレグ・マルコフ
オレグ・ガブィシェフ

エイフマン・バレエの初期の代表作で、初演は1990年代ですが、2015年に衣替えされました。主にロシア革命前後から20世紀前半に活躍したオリガ・スペシフツェワの人生にインスパイアされて制作された作品です。

第1幕は、あるバレリーナが、バレエ教師に才能を愛でられつつも、ソヴィエト官僚(KGB)の危険な香りに惹かれ揺れ動く様と、そして政治的混乱からフランスに逃れるまでが描かれ、第2幕では、新天地パリでの充実した日々を過ごすものの、恋した男性ダンサー兼振付家は同性愛者で、報われない恋や見知らぬ土地での生活によるストレスから精神のバランスを崩すまでが描かれます。彼女の狂気の世界は、2幕後半たっぷり使って「ジゼル」の劇中劇で表現されます。

一言でいうと、類い希な才能を持つバレリーナが3人の男性に翻弄される人生を描くバレエですが、第1幕と第2幕の連結が若干悪いなあという気がしました。というより、第二幕の素晴らしさに比して、第一幕が若干イマイチで、第二幕だけ独立して上演してもよさそうだな…と思ってしまいました。
これは、振付けではなく、上演の問題だったかもしれません。具体的には、第1幕、バレエ教師のオレグ・マルコフと、官僚役のイーゴリ・スボーチンが二人ともセクシー系マッチョで被っていて、「厳しいけれどあるべき正しいバレエの世界」と「退廃」の間をさまようバレリーナの葛藤の表現があまり活きませんでした。もう少し教師役に純朴さのようなものがあれば良かったのにな、と思います。
また、エイフマンの女性ダンサーは、西欧のダンサー並に肩ががっちりしており、チュチュ姿で見える身体のラインも、マリインスキーやミハイロフスキー・バレエとは違いますし、クラシック・バレエのレッスン風景などの場面が続く第一幕は、エイフマン・バレエにとっては若干不利でした。とはいえ、チュチュ姿でクラシックとしての体裁は保ったまま、これほどダイナミックな踊りは中々お目にかかれないだろうという、新鮮さもあったのですが。主役のアバショーワにしても、クラシックでも見れないことはないのですが、第2幕、「アルルの女」の音楽に合わせて当時の「新しいバレエ」を踊る彼女を見ると、あーこっちが本領なんだな、と思ってしまいます。

第2幕はおおざっぱに、①パリでの新しいバレエへの挑戦、②ダンスホールで気を紛らせようとするが、振り払えない過去に心が蝕まれる様、③ジゼルの劇中劇、の三つのパートで出来ていますが、ハイライトは、やはりジゼルの劇中劇でしょう。
「ジゼル」第一幕の王道の舞台装置ですが、全く違う楽曲で、微妙なダイジェスト版、バレリーナが失恋したフランス人ダンサーがアルブレヒト、その恋人が従者ウィルフリードという、古典版の「ジゼル」を何度も観ているバレエファンにこそじわじわくるパラレル空間です。そして劇中劇の幕間の舞台裏で、バチルダが現れ、アルブレヒトはウィルフリードといちゃつき始め、いつの間にか狂乱の場になだれ込んだところで、バレリーナは精神病院に詰め込まれます。そして「フランチェスカ・ダ=リミニ」の音楽で(バレエファンにはクランコ「オネーギン」の手紙のパドドゥの音楽と言った方がわかりやすいでしょうか)、ジゼルとアルブレヒトのパドドゥと続き、そして突然夜明けの鐘が鳴った瞬間から、「ジゼル」本来の音楽に戻ります。ここで舞台上に一畳サイズの鏡面のパネルが6~10枚現れ(すみませんちゃんと数えてませんでした)、鏡がくるくると舞台上を動く中、ジゼルとアルブレヒトがその中に現れては消え、そして最後にジゼルが鏡の中に吸い込まれて幕、となります。あまり暗さはなく、どことなくカタルシスを感じるエンディングでした。特に根拠はなくただの印象なので、実際のスペシフツェワが精神を病んだ後復帰しているからそのようにエイフマンが制作したのか、単に私の精神状態の問題かはわかりません。

そのほか、第二幕、ジゼルが狂気に飲み込まれてから、三人の男性の幻とそれぞれ踊る場面がありますが、そのうち、舞台奥にカーテンのように架けられた黒い布から、フランス人ダンサーが首だけ出してバレリーナと踊るところが個人的には白眉でした。ほぼバレリーナのソロで、男性側に特に見せ場があるわけではないのですが、ヨハネの首を切り落として手に入れるサロメのような、あるいはサロメのように恋する男性を手に入れたいというバレリーナの願望が描かれているのか、背筋の凍る場面です。




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by jicperformingarts | 2018-05-30 07:40 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2018.5.20 マリインスキー・バレエ「バフチサライの泉」

オレーシア・ノヴィコワ
エカテリーナ・コンダウーロワ
ダニーラ・コルスンツェフ
ヤロスラフ・プシコフ

地味に豪華なキャストでありました。
プーシキンの詩が原作のバレエです。ポーランド貴族の娘・マリアは、自分の誕生日の舞踏会の最中、クリミア・タタール軍の侵攻に遭い、家族・友人・婚約者を殺害される。そしてマリア自身は、彼女に一目惚れしたタタールの汗・ギレイに略奪されクリミアまで連れてこられた末、マリアに嫉妬したギレイ汗の第一夫人ザレマに刺されて死んでしまう、という三幕バレエです。
ロシアではどちらかというと子ども向けバレエに分類されていますが、第一幕たっぷり使って観客のポーランド側への感情移入を誘った後に、タタール侵攻で虐殺されたポーランド人の死体の山を舞台中央に作るなど、なかなかえげつない演出もあります。

第一幕は、マリアと婚約者ワツラフの初々しいやりとりから、クラコヴィアクやマズルカなどポーランドの民族舞踊が続きます。二人の青年達による剣を持った踊りなど、勇壮な貴族の踊りもふんだんに盛り込まれ、マリアの父アダム侯も威風堂々と強そうです。マリアにも、可憐で清楚だけではない、気高さを強調したヴァリエーションが宛てられています。ワツラフを踊ったプシコフは、首が長く細く、全体にかなり細身なので、登場の瞬間は大丈夫かと思いましたが、踊りになよなよしたところはなく、第一幕終盤、マリアを城外に逃がすためにタタール兵を斬っていくところも違和感ありませんでした(サポートは若干不安定でしたがまだ若いので御愛嬌)。しかし遂にギレイ汗率いるタタール兵に囲まれ、ワツラフはもはやこれまで、という表情で突撃し、あえなくギレイ汗に刺し殺されてしまいます。そしてギレイ汗はマリアを捕らえ、彼女の顔を隠していたヴェールはぎ取ります。彼女の美貌に釘付けになるギレイ汗と、しばしギレイ汗と対峙したのち絶望の表情で頭を垂れるマリア、で幕が下ります。
第二幕は、汗の帰還を祝うクリミア汗国の後宮が舞台です。ドラマとしては、ザレマが、ギレイ汗の心が既に完全にマリアに持って行かれていることを知り嘆きもだえる所までしか進展しませんので、やや冗長な幕ではありますが、しかし、寵を失ったザレマをあざ笑う第二夫人以下ハレムの女性たち、というこれまたえぐい場面もあります。笑 
後宮の女性たちが、鈴の踊りなどを披露して汗にアピールしますが、汗は完全に上の空です。そんな華やかながらどこか猥雑な後宮の広間に、マリアが引きずり出されます。純白のドレスで、故郷から唯一持ち出せた金の竪琴を抱きしめたマリアの薄幸さ・生気のなさが痛々しいです。その後、必死に汗の寵を取り戻そうとするザレマの踊りが続きますが、当然徒労に終わります。
第三・四幕は、汗に与えられた宮廷の一室で、幸せだったポーランドでの日々の幻に無理矢理浸ろうとするかのように、一人竪琴をかき鳴らし、そして踊るマリアの場面から始まります。第一幕の舞踏会でのソロをなぞる振りが何回も出てきますが、明るい庭園で、家族・友人・婚約者に祝福されて踊った第一幕とは対象的に、ここでは、暗い石造りの部屋で一人ぼっちです。そこへギレイ汗が乱入し、自分の愛を受け入れて欲しいと嘆願しますが、マリアは受け入れるはずもなく、汗は苦悩のまま去って行きます。そしてさらに夜が更けた頃、今度はザレマがマリアの部屋に忍び込み、ギレイ汗を拒んで欲しいと訴えます。拒むもなにも汗は憎い仇、とマリアが混乱状態のところに、ギレイ汗が先ほど訪れた際に忘れていった帽子をザレマが見つけます。(粗筋にははっきり書いてませんが、おそらくマリアが汗の寵を受けたと誤解して)嫉妬に狂ったザレマはマリヤの背中を刺し、マリアは音もなく崩れ落ちて息絶えます。
ザレマはその咎で城壁から突き落とされ処刑され、ギレイ汗の部下ヌラリは、ギレイ汗を鼓舞するために踊るが、ギレイ汗は腑抜けたまま。彼女を偲ぶために作ったバフチサライの泉のほとりで嘆いていると、マリアの幻が現れて消え(ギレイ汗の作った幻なのになお拒否されてるのがなんとも…)、幕となります。

マリア役のノヴィコワは、薄幸な少女をやらせたらマリインスキー随一ではないでしょうか。ギレイ汗への抵抗が甘かったり(パドドゥとして大人しくリフトされているので)、マリアに共感しかねるところもありましたが、男性目線で、可憐なヒロインの究極像を追求した結果がこの演出なのでしょう。ドラマとしてリアリティを追求しにくいので、現代においては多少演技しにくい役ではあると思います。

マリアが、その儚さは反則だろというかおよそ現実感がない役どころなせいもあり、第2幕・第3幕は、コンダウーロワ演じるザレマの方がむしろ主役でした。実際拍手も大きかったです。コンダウーロワは長身のク-ルビューティーですが、悪役をやるほどのどぎつさはなく、かといって庇護欲をそそるような繊細さも今ひとつ、なので、愛する男性の心変わりに悶えて悪あがきする女性、という役どころがよく似合っています。第二幕冒頭の、権勢を誇る第一夫人ぶりから、汗の帰還を知り心をときめかせる様への変化はかわいらしかったです。その後、心ここにあらずな汗にうちのめされつつ、汗の心を取り戻すために渾身の舞いを見せて縋るところでは、長い長い手脚から繰り出されるダイナミックな跳躍から、ザレマの気性の激しさや嘆きの深さが伺えました。第4幕、愛する男性が自分の処刑を命じることへの悲しみは見せつつも、従容と処刑されるところでは、第一夫人としての品格もありました。

何度オペラグラスを覗いても、ギレイ汗がコルスンツェフという確信が持てないのですが、キャスト表にそう書いてあるということはそうなんでしょう。メイクの力恐るべしです。見せ場となるこれというソロはなく、マリヤに拒否され続けるパドドゥがある以外は、ひたすら小娘に鼻毛抜かれた演技をするだけです。とはいえ、演じる人によっては、ギレイ汗は一族郎党皆殺しにしておきながら自分を愛してくれとのたまう無神経な人にしか見えないので、愛する女性の国を滅ぼしてしまったことの悔恨を感じさせる、いい演技だったと思います。

また、「バフチサライの泉」のリハを張り切りすぎて疲れてたから前日19日の「白鳥の湖」の民族舞踊が迫力不足だったのかな~、と思う位、クライマックスのタタールの踊りは群舞の皆さん気迫がこもっていました。ギレイ汗のグレゴリー・ポポフも渾身の跳躍です。


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by jicperformingarts | 2018-05-28 16:11 | 公演の感想(バレエ) | Comments(1)

2018.5.19 マリインスキー・バレエ「白鳥の湖」バトーエワ&パリッシュ

ナデージタ・バトーエワ
ザンダー・パリッシュ

バトーエワは容姿端麗で、全体的なスタイルは悪くないのですが、ため息が漏れるほど美しいポーズを生み出せるほどには熟練されていないのと、キープ力がそこまであるわけではないので、ポーズの一つ一つが流れてしまって、一秒弱でもぴたりと止まって魅せることができません。また、時々ぎょっとするレベルで腕の使い方に難があります。演目が、よりによってアームス(腕)が命の「白鳥の湖」なので、第1幕2場では興が削がれることもありました。マリインスキー比で腕がやや短めとはいえ、手首・指先の使い方次第で、もう少し長く見せられると思うのですが。
という感じで、演目も災いして、純粋にダンスとして見れば褒めるところがあまりない…というのが正直な感想なのですが、けして彼女の舞台が嫌いではないのは、観客に心を開いていて、演技への情熱がストレートに伝わってくるからでしょうか。自分なりに役を練っていることが窺えるソリストはマリインスキーにもいますが、「私のオデット/オディールを観て!」とばかりに客席をしっかり見据える彼女は、特に第3幕の舞踏会の場面でとてもキラキラしていました。『バヤデルカ』のガムザッティも観たことがありますが、その時の婚約式の場面同様、華やかな場面がよくお似合いです。
グランフェッテは、全部シングルでも、後半は上体が倒れてきてスピードも落ち、観ているこっちは手に汗を握る感じでしたが、意地でもダブルのピルエットで締めてきました。回転全般、綺麗な5番で降りてこようという意地は強く感じます。精緻に踊ることを捨てているわけではなさそうですし、負けん気も大変強そうなので、いずれもっと素晴らしいオデットが観られるだろう、と長い目で見守りたいです。

ザンダー・パリッシュは見目麗しく、サポートも上手、ヴァリエーションも品良くこなします。詩的な雰囲気もあり、王子様役が良くお似合いですが、終盤、ロットバルドと闘う所でも迫力ゼロだったりと、バトーエワとは対象的に、演技への情熱は少なくとも私には伝わってきませんでした。

今回、前列に巨大な男性が二人座っており、巨漢の隙間からピンポイントでソリストを追う感じで、カンパニー全体がよく見えなかったのですが(笑)、主役以外では、道化のウラディスラフ・シュマコフが良かったです。手脚が長くラインも綺麗で、道化には少し珍しいタイプですが、パとパの繋ぎがスムーズで、ほほうそこから直接そう繋げますか~、という新鮮さがありました。
そのほか、全体に、舞踏会の場面での民族舞踊が元気がないように見えたのが心配です。



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by jicperformingarts | 2018-05-20 22:57 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2018.04.01 バシキール国立バレエ『愛の伝説』

ソフィア・ガヴリュシキナ
リリヤ・ザイニガブディノワ
オレグ・シャイバコフ

ロシア連邦バシキール共和国の首都、ウファにある国立バレエ団の公演です。ウファはヌレエフが育ち、バレエ教育を受けた街ですが、メルクリエフ、ソログープ、昨年のモスクワ国際バレエコンクールで金賞だったデニス・ザハロフもウファのバレエ学校出身ですし(ザハロフはモスクワ舞踊アカデミーに転入)、いいバレエ学校と定評があります。
主にこのバレエ学校の卒業者で構成されるバレエ団も、メフメネ=バヌとシリンと異なる系統の役で双方いいソリストと、なかなかハイレベルな男性5人を道化役のために揃えられるあたり、地方劇場の中ではかなり層が厚い方です。お客さんは、サマーラの方が温かいような気もしましたが。

「愛の伝説」は、グリゴロ-ヴィチが振り付けたソ連バレエです。自分の美貌の引き替えに妹姫シリンの命を救った女王メフメネ=バヌが、宮廷画家のフェルハドに恋をするが、フェルハドが好きになったのはシリン、という三角関係のお話です。2015年にマリインスキー・バレエの日本公演でも上演されていますので、詳細な粗筋は、招聘元のページをご参照いただければと思います。ただ、ボリショイ版(おそらくウファもこちらの系統)の方が、メフメネ=バヌにやや好意的なので、マリインスキー版とは所々ニュアンスが違います。

シリン役のザイニガブディノワは、典型的なタタール美女で、最初は、振付のコケットリーに踊りが追いついていない気もしましたが、後半は熱演していました。第3幕の膝下を痙攣させるグランジュテの連続はお見事で、やっぱりロシア人(民族的にはタタールなのでしょうが)は飛んでナンボだな~と思いました。グリゴロヴィッチの振付けは単調という批判にはある程度同意しますが、大きな動きで大きな感情を表現することの舞台効果は確かなので、単調で何が悪いという気になります。笑

メフメネ=バネ役のガヴリュシキナは、強いというより憂える女王でしょうか。恋する二人がパドドゥを踊る→大体においてパドドゥがバレエ作品のハイライト、ということで、舞踊上はシリンの方がやや目立ちますが、粗筋的にはメフメネ=バヌ役の方が感情移入しやすいです。フェルハドと夢の中で踊るところも、生々しい情念を解放するというより、自分の心を慰めるための哀しい夢という趣きです。
さすがにボリショイのバレリーナほどの豪快さとカリスマ性を以てバンバン跳んだりはしませんが、女王であることは一目瞭然の存在感ですし、ポーズの一つを大事にしていて好感度は高いです。

シリンにせよメフメネ=バヌにせよ、フェルハドへの熱愛の表現はやや薄めな気がしましたが、フェルハド役のシャイバコフがあまりに大根だったからかもしれません。首は短いですが、手足は長くて身体能力も高く、ぽ~んと跳んで余裕を持って着地してくるのですが、このゆるゆる感が、フェルハドとしてはいかがなものかと。王子役ならいいと思うのですが。難易度の高いリフトも、安定感抜群でこなすのはさすがですが、リフトの前に「よし、リフトだ!」的な緊張が見えてしまうので、微笑ましいものの演技の流れは切れてしまいます。

逆に廷臣役のイリダール・マニャポフは、迫力満点で舞台上を引き締めてくれました。一歩一歩に力があります。バシキール人民芸術家のようです。




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by jicperformingarts | 2018-04-06 20:48 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2018.3.31 マリインスキー・バレエ『バヤデルカ』

オレーシア・ノヴィコワ
ウラジーミル・シクリャローフ

 3/30サマーラ、4/1ウファの間に(余裕のある方は地図をご覧ください)ペテルブルクを挟むのは馬鹿としか言いようがないのですが、行った価値はありました。

 個人的にノヴィコワが好きなので、眉が濃すぎたり口紅の色がベージュだったりで、メイクがかなりおばさん臭かったのには目をつぶります。
 昔インタビューで、一番上手な群舞になりたいと語っていたような気がしますが、その言葉通り、控えめに、ひっそりと神殿の奥に住まう巫女の風情です。大僧正に言い寄られるところも、嫌悪感というより混乱がまず先に出てきます。特にロシア系だと、これ以上近寄ったら神罰が下りますと言わんばかりに、巫女の高潔さで、大僧正を軽蔑混じりにはねつける演技が王道なのですが、ノヴィコワのニキヤはそこまで強くありません。抱きすくめられて半ばパニックになりつつ、必死に振り切り、震えそうにこっち来ないでオーラを出す感じでしょうか。上司のセクハラ被害に遭う女性社員のようで、妙な生々しさがありました。
 という場面からの、ソロルとの逢引の場面です。前述の通り、かなり内向的なニキヤ像だったのが、ソロルを見つけた瞬間、大きく上体を逸らしてまったり陶酔してから、ソロルに飛び込んでいったので、その豹変ぶりに驚くとともに、彼女にとってソロルがどんな存在だったかが伝わってきます。
 前後しますが、生々しく見えるのは、単に内向的というより、不器用で、感情の起伏を上手くコントロールできなそうな人物描写だったからかもしれません。第1幕2場でガムザッティに腕飾りを与えられそうになるところも、大体のダンサーは、笑顔で固辞するのですが、彼女の場合は本気で困ったような(嫌そうにも見える)顔をしますし、ソロルが愛を誓った相手は自分と主張するところも、なにやら必死です。例えば、ヴィシニョーワがここで愛される女の輝き全開になるのとは対照的です。

 踊りそのものは堅実に正確です。花籠の踊りの終盤も、音にピッタリはめつつ、ピケとルティレを反復していきます。第3幕のスカーフを掲げての両回転ピルエットも、近年なかなかお目にかかれないレベルで軸があまり崩れません。上体も常に引き上がっていて、第3幕、シクリャローフにサポートされたままルティレで立って、そのまま自立するところは、ただ軸がぶれないだけでなく、本当に宙に浮いているようで、鳥肌が立ちました。
(褒めちぎり過ぎるのも客観性に欠けるかと思うので一点だけ、最後の最後のコーダの、アラベスクのまま後退するところで、一瞬だけ集中が切れたかな~という気はしました。)。
 ただ、間の取り方が独特で、手に独特のニュアンスを持たせつつ(純粋にクラシックの第3幕では控えめです)、物言いたげに指先を見つめる様は、ワガノワ特有の、頭から首・肩の美しいラインと相まって、充分に個性的な演技・踊りです。また、第3幕では、時折うっすらほほえんでいるように見えるのが意外でした。

 ソロルはシクリャローフです。演技自体は王道に勇壮な戦士なのですが、その演技に違和感がありませんでした。彼については柔和な王子様の印象が強く、ソロルはどうなのかなー、と思っていたので意外でした(ファンの方すみません。偏見でした)。爆走からの飛距離ある跳躍など、踊り自体も調子が良さそうです。サポートも安定感も増して、見ていて戦士でした。ソロのフィニッシュで、上体を反りすぎるところは、間延びするので個人的にはやめて欲しいですが。。。

 ガムザッティは、アナスタシア・マトヴィエンコ。特に好きなダンサーではないですが、そのプロ根性は素直に尊敬します。フェッテ前のピルエットで軸が崩れてからの軌道修正力はさすがです。

 第2幕のキャラクター・ダンスの中では、インドの踊りが特に良かったです。オリガ・ベーリクとエニケーエフが、二人とも背中の柔軟性とバネが相まって、圧倒的に迫力満点でした。

 第3幕のトリオは、レナータ・シャキロワ、ヤナ・セリナ、永久メイさん。シャキロワは、ピルエットでぐおんぐおん回ったついでに軸が崩れまくってましたが、それでも手拍子が起こる躍動感です。そもそもこのソロって手拍子起きるもんだっけ?とは思いつつ、第2・3ソロのセリナと永久さんがしっかりまとめてくれたので、秩序は保たれました。笑 
 永久さんは、楚々とした柳のような手足含め、ロシア人の考えるいい意味での「日本美女」の幻想にはまる容姿・踊りなので、今後も期待です。


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by jicperformingarts | 2018-04-04 07:35 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2018.3.30 サマーラ国立バレエ「ジゼル」

エカテリーナ・パンチェンコ
ヌルラン・キネルバエフ

サマーラは、ソ連時代はクィビシェフと呼ばれており、第二次世界大戦中は、ボリショイ・バレエが疎開していたり、キーロフ・バレエ(現マリインスキー)のプリマだったアッラ・シェレストが1970〜1973年芸術監督を務めていたこともあります。なお、ショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」の世界初演もサマーラです。ということで長年行ってみたかった劇場の一つです。現在のレベルとしては、中堅上位の国立劇場でしょうか。

ジゼル役のエカテリーナ・パンチェンコは、首から背中のラインは満点とはいきませんが、スタイルも良く、テクニックもしっかりしている若手ダンサーです。アティテュード・ターン含め、回転の軸がまっすぐで、上体もしっかり引き上がっていて美しいです。ただ、軸が崩れても根性で軌道修正するスキルはこれからでしょうか(よく言えばごまかしのない踊りなのですが)。
特にテンポ早く快活に踊るところは、ジゼルらしい初々しさがあっていいのですが、純粋な演技の部分に関しては、古典的すぎるというか、大げさ過ぎて、逆にフィクション感が出てしまってました。ヒラリオンに言い寄られただけで、まるで誘拐未遂にあったかのようです。

アルブレヒト役のヌルラン・キネルバエフは、ストレートネック気味なのと、ペタペタ歩きが、古典の王子としてうーん、ではありますが、踊り自体に目立ったクセがあるわけではないです。体力不足なのか、第二幕で地面に倒れこむところは迫真です。

ラスト、世が明けて二人のお別れのシーンは割とあっさりしています。森から連れ帰ろうとするアルブレヒトの手をジゼルがすり抜けていって、そのまま姿を消します(演出によっては、すり抜けたジゼルをアルブレヒトが更に追ったり、または、ジゼルが完全にはける前に墓に供えられた百合の花束をはたはた散らしたりします)。そのまま、マントを引きずりうなだれ、トボトボ上手に引っ込むアルブレヒトの後ろ姿で幕、です。あまり感情表現が濃いペアではないので(外形的には時に大仰ですが)、この位あっさりと余韻だけ残す方がいいかなと思いました。

ミルタはウリヤナ・シバノワ。威厳もあり、冒頭のパドブレまでは良かったのですが、跳躍がバンバン入ってくると、上体の力みが気になってしまいます。

ハンス(ヒラリオン)はドミトリー・サグジェーエフ。第1幕ラストでの「俺を殺してくれええ」アピールはすごかったです。第2幕での、渾身のソロも説得力がありました。

ペザントは、ナカジマ・マリナさんとイーゴリ・コチュロフ。ナカジマさんはサクサクサクっと軽快にパをこなしていきます。パートナーも踊りやすそうです。
コチュロフは、容姿はいいのですが、ことごとくザンレールの着地が乱れるなど、テクニックの弱さが残念です。しかし、どれだけヨロヨロしても輝く笑顔でフィニッシュする心がけは、学びたいものがあります(皮肉ではなく)。

群舞に至るまで全員、というわけにはいきませんが、基礎がしっかりしたダンサーが多い印象です。ベテランの味わいのあるコリフェ/セカンドソリストっぽい人々の存在感が、昔ながらのバレエ団という感じで安心します。



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by jicperformingarts | 2018-04-02 22:29 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2017.12.3(夜) ミハイロフスキー・バレエ『シンデレラ』ソボレワ&レベデフ

アナスタシア・ソボレワ
ヴィクトル・レべデフ

「シンデレラ」昼夜鑑賞です。作品については、昼公演のポストをご覧いただければ幸いです。

 ソボレワはきっとシンデレラはハマリ役のはず!と思っていたのですが、いじめられてるのになぜかコミカルに見えるような類いの明るさはありませんでした。少し憂いのある役の方が合っているのかもしれません。しかし跳躍は大きくかつ軽やかですし、しっかりプリンシパルの踊りです。
 レベデフも、マッケイ同様、ピルエットで軸が崩れることはあるのですが、愛に生きる九州男児的な雰囲気があり、ザハロフ版により合っていました。プレパラシオンからもエネルギーを感じます。第3幕のパ・ド・ドゥで、シンデレラをリフトしながら、ぐるぐる高速で回るところでは、遠心力がすごそうでした。インタビューでも堂々と二人は新婚さんと語ってますが、なるほど愛の力かと納得しました。
 靴を探して世界中を旅し、スペインやアジア(トルコ?)の女性のスカートを片っ端からめくって、その場の男性女性に怒られて逃げるところも鮮やかで、サバイバルスキル高そうな王子です。

 仙女はエカテリーナ・ボルチェンコ。春はヴェロニカ・イグナチェワ、夏はアンドレア・ラッシャコワ、秋がアストチク・オガンネシアン、冬がアリシア・レイド。継姉がエカテリーナ・オダレンコとエカテリーナ・ベロヴォツカヤ。外国人が大分増えました。欧米のカンパニーでは珍しくありませんが、ロシアではかなり珍しいと思います。バレエ団の体制がまだこの国際化に追いついていないのか、カンパニーとしての一体感があまり感じられず、演出の個性に押されていたようにも感じられたのが残念です。

 全体的に夜公演は男性陣の方が頑張っていました。特に道化のロマン・ヴォルコフは跳躍力・柔軟性両方に恵まれ、道化を見慣れた私も「おお」と思う超絶技巧の連続でした。ダンス教師のアンドレイ・ヤフニュークのアントルッシャ(垂直に跳びながら足を打ち付ける動き)にも意地を感じました。



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by jicperformingarts | 2017-12-07 23:31 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2017.12.4 エイフマン・バレエ「ロダン」アバショーワ&ボロブエフ

マリヤ・アバショーワ
セルゲイ・ボロブエフ

 やっと全幕で観ることが出来ました。19世紀フランスの彫刻家の巨匠オーギュスト・ロダンの弟子であり恋人だったカミーユ・クローデルの物語です。
 簡単な粗筋としては、生き生きと奔放にパリで彫刻を学ぶカミーユと、当時既に成功していたロダンが出会い、芸術家としても恋人としても惹かれ合う。しかしロダンには、ローズ・ブーレという長年連れ添った内縁の妻がいた。更に、芸術家としての才能の格差、作品をことごとくロダンの模倣と批評家に酷評されることにカミーユは苦しみ、ロダンとの破局後、心を病んでいくというものです。舞台上の構成としては、上記の合間合間に、精神病院で粘土を大事そうに抱えるカミーユが描かれます。

 まず、ダンサーの身体が彫刻のようなので、彫刻家というテーマとバレエの相性がいいなと思いました。彫刻の制作場面も、盤上に乗ったボディ・ファンデーションのみの男女達が絡み合って密着し、石の塊のようになったところから、ロダンやカミーユに腕や脚、頭を引っ張りだされていくことで、彫像の体をなしていきます。音楽はサン=サーンスの交響曲第三番や死の舞踏で、張り詰めた音楽が、創作活動の厳しさ・エキセントリックさを盛り上げています。それまでロダンがどれだけ浮気しようと献身的に支えてきたローズが、創作活動に没頭する二人に疎外感を覚えて平常心を失っていくのも納得です。
 また、第2幕では、金属棒が網のように張り巡らされたパネルが舞台奥に置かれ、ロダンやカミーユが、その金属棒で身体を支えつつ身をよじって苦悩を表現しますが、一緒にひしめきあってロダンやカミーユにつきまとう群舞の彫刻達は、まるで生きたレリーフのようです。
 群舞達が演じるのは無機質な彫刻(白塗りなので、ちょっと舞踏っぽいです)だけではありません。パリの生き生きしたダンスホールや洗濯娘などの民衆もダイナミックに踊ります。ここまでの身体能力の群舞を揃えて、しかもまとまりがあるカンパニーはヨーロッパ全体で見ても稀だと思います。

 若く美しく、ヌードモデルもやっちゃう奔放さ、そして大工仕事にも近い彫刻の制作に打ち込む、男勝りの才能に溢れた女性ということで、カミーユは力強くかっこいいエイフマン・バレリーナにもぴったりの役です。マリヤ・アバショーワも長身のクールビューティーで、股関節の可動域もさることながら強靱さもあります。
 そんな彼女ですが、第2幕でロダンと破局し、若い男女がキャッキャウフフと盛り上がるダンスホールで、一人で2つのグラスにシャンパンを注ぐ場面での哀愁は半端ないです。哀愁だけでは済めばいいのですが、酒瓶を赤子のように抱えるところは痛々しく(史実ではロダンとの子供を中絶しています)、段々心が蝕まれている過程が描かれます。そして、黒い布が舞台上を覆ってカミーユを翻弄し、そしてその布が舞台上手に移動すると、布の裏側に控えたダンサーがレリーフのように浮き上がり、カミーユを飲み込みます。そして、打ちのめされたカミーユには精神病院患者達に手招きされ、抗いきれずに彼女達に手を引かれて、ゆるゆると上手袖に連れていかれてしまいます。丁度2週間前に彼女の「アンナ・カレーニナ」も観ましたが、観客に狂気を叩きつけるようなアンナとは違い、カミーユの狂気の世界は弱々しく儚いものでした。

 ロダンは、セルゲイ・ボロブエフ。作中では、二人の出会いの場面の時点で既に42歳ということで、髪も少しグレイに染めていたナイスミドル風です。実際のロダンがどうかは知りませんが、脚フェチっぽい偏執的な芸術家像です。しかし実際は1986年生まれなので、パとパの繋ぎまでエネルギーに満ちており、芸術家としてのカリスマ性は感じます。しかしこのエネルギーがカミーユへの愛情表現に使われることはあまりなかった気がします。カミーユは何より芸術家としての自分をインスパイアする存在、という感じで、それも芸術至上主義の残酷さではありますが。

 ロダンの内縁の妻役のローズはアリーナ・ペトロフスカヤ。上背がある分、踊りは若干重そうでしたが、ロダンの理想の象徴だったカミーユに対して、地上的というか、カミーユに嫉妬してロダンにしがみつく女のねっとり感も上手く出ていました。


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by jicperformingarts | 2017-12-05 16:15 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2017.12.3(昼) ミハイロフスキー・バレエ『シンデレラ』ヤパーロワ&マッケイ

ジュリアン・マッケイ
サビーナ・ヤパーロワ

 第二次世界大戦が終わった1945年に世界初演のロスチスラフ・ザハロフ版と聞いていたので、どんなレトロな舞台かと思っていたら、振付は確かに古典的ですが、プロジェクションマッピングを多用した、ディズニー風の演出でした。ちょっとクリストファー・ウィールドンの「不思議の国のアリス」に似ています。特に、舞踏会で花火が打ち上げられる場面は、ここはディズニーランド??という感じでしたが、第1幕の四季の精の踊りの場面は、大人の私が見ても息をのむほど繊細な映像美です。しかし、紗幕越しにダンサーの踊りを観ることになるので(紗幕を下ろしっぱなしというわけではないですが)、オタク的にダンサーの動きを細かいところまで追いたい時は多少欲求不満になります。笑

 ヤパーロワ、マッケイともに今日が初役でした。マッケイは、ローザンヌ・コンクール2015年入賞の注目のダンサーですが、こちらの期待値が高すぎたのか、全幕で観てみると若者らしい疾走感が今ひとつでした。
 容姿に恵まれ、優美な雰囲気は王子に合っているのですが、男性はマッチョらしく!というあのソ連時代の演出なので、ますらおぶりな演技も求められる演出で、たとえば、第3幕冒頭では、侍従に国中から女性の靴を集めさせて、「この靴でもない、これでもない」と靴を侍従達に叩きつける場面があるのですが、マッケイのお行儀のよさが逆効果に働いて、わがまま坊ちゃんに見えてしまいました。あとは単純に技術的に軸がゆがみがちでした。

 ヤパーロワは派手な踊りではありませんが、結構身体絞って、先輩としてマッケイを支えている印象でした。第1幕、仙女と一緒にフェッテ・ドゥバンを続けるところはさすがにギリギリでしたが、そこは難易度が高すぎるのでしかたないです。
 第3幕のパ・ド・ドゥでは、ヤパーロワの軽いながらも正確な踊りのおかげか、マッケイをソロで観た時より、マッケイ達にスピード感がありました。ただ、20歳になるかならないかの年齢で、パートナーの貢献ありきだろうとデュオでしっかり魅せられるのは大きな才能なので、今後に期待です。

 仙女はスヴェトラーナ・ヴェドネンコ。最近のミハイロフスキー・バレエは、ほっそりとしてて綺麗なんだけどなんかプレーンで頼りないな…という若手ソリストが多いのですが、そんな中にあって、彼女の安定感は立派に一つの個性で、仙女役にも合っていました。四季の精は、春がアンナ・クリギナ(桜色の衣装が美しい)、夏がアンドレア・ラッシャコワ、秋がイリーナ・ジャロフスカヤ、冬がユリヤ・ルキヤネンコでした。冬のルキヤネンコ、ホームページ観ても経歴が出て来ないのですが、ポワントも強く、ポーズの一つ一つが美しく決まっていて良かったです。

 継母がクセニヤ・ルーシナ。継姉がタチアナ・ミリツェワとアストチク・オガンネシアン。なんだかんだで保守的な版だからか、そこまで皆さん女捨ててないです。笑 振付はバロッテ多用、グランフェッテ有りと、舞踊上の見せ場もしっかりあります。もちろん、顔芸もばっちりです。

 なお、基本的な筋立てはアシュトン版などの他の王道の演出とそう変りませんが、第3幕、王子がシンデレラを探して継母達の家を訪問するところでは、継姉達が靴を強奪して試着→継母が試着するも入らない→継姉が継母にハサミを差し出す、という流れで、足指を切り落とそうとする継母を止めに入ろうとしたシンデレラのスカートから靴がこぼれ落ちて、王子が「あっ…!」となります。その後顔を手で覆って座り込むシンデレラが奥ゆかしくて萌えました。


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by jicperformingarts | 2017-12-04 22:34 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)

2017.4.17 アレクサンドリンスキー劇場「シンデレラ」(ペルミ・バレエ)

感想の下書きまで書いてずっと放置していたのですが、2017年4月のダンス・オープンにて、ペルミ国立バレエが招聘されてペテルブルクのアレクサンドリンスキー劇場で公演を行ったので、その感想です。

ポリーナ・ブルガーコワ
セルゲイ・メルシン

 海外での知名度はあまり高くないと思いますが、ロシアを代表する現代舞踊の振付家のアレクセイ・ミロシュニチェンコ演出です。舞台を1957年のソ連政権下のロシアに移し、パロディがふんだんに盛り込まれていて、ロシア人観客の受けもとても良かったです。

<第一幕>
モスクワのグラーヴヌィ劇場(ロシア語でグラーヴヌィ=主な、の意)では、全ロシア・フェスティバルのために「シンデレラ」を新制作することになった。当初は、有名な演出家が、フランスのパリ・オペラ座からのフランソワ・レナール(=王子)をゲストに迎え、劇場のプリマ達(=継母たち)で制作予定だったが、空中分解してしまう。結果、新進振付家のユーリ・ズヴェーズダチキンと、新人ダンサーのヴェーラ・ナジェージナ(=シンデレラ)、フランソワで新制作することになる。文化大臣臨席でのリハーサル(当時の検閲プロセスの一つ、四季の精の踊りがこの場面に置き換えられています。またこの文化大臣も、おそらくエカテリーナ・フルツェワのパロディで面白いです)も無事に通過。

<第二幕>
本番も大成功でヴェーラとフランソワは恋に落ちる。しかし、公演成功を祝うクレムリンでのパーティー(=舞踏会の場の延長)のちょうど12時、KGB職員が現れ、ヴェーラにスパイ容疑ありと告げ、フランソワに24時間以内の国内退去を命じる。

<第三幕>
騒動後もヴェーラはグラーヴヌィ劇場に留まることが出来たが、スペイン、トルコへの海外公演(王子がシンデレラを探す旅がこの海外公演に置き換えられています)への参加は許可されず、一人留守番となる。ツアー中、フランソワは同行していたユーリに、ヴェーラへの手紙を渡してくれるように頼む。ヴェーラは手紙を読んで喜ぶが、しかし、意地悪なプリマによって、文化大臣の前でその手紙の存在を暴露され、ついにヴェーラはモロトフ(現在のペルミ)の劇場へ転任となる。ユーリがヴェーラを追ってモロトフへやってくる。二人は、信頼関係をはぐくみ、結婚する。

 結婚相手がフランソワではなくユーリというところは、御伽話にあるまじき結末ではありますが、第一幕から、ユーリがヴェーラに思いを寄せているのがわかりやすかったのと、どこかユーリもヴェーラもおどおどしていて似たもの同士の雰囲気だったので、唐突さはありません。あの時代はそういう夫婦もたくさんいたんだろうな、と説得力があります。

 粗筋はざっくり上記のような感じですが、舞踊的には、第二幕のシンデレラ初演の劇中劇がと、ヴェーラとフランソワとデート(=舞踏会の王子とシンデレラのPDD)がハイライトでしょうか。前者は、ロココ風の衣装・装置がとても華やかです。なお、仙女の役は、劇場で長年働くトウシューズ職人に置き換えられていて、この職人と、彼がプレゼントしたトウシューズに励まされて初演を乗り切る、ということになっています。
 後者は、リラの花咲く月夜のアレクサンドロフスキー公園を散歩しながら、フランソワが風船をプレゼントしたりと、なんとも健全な昔ゆかしい、マイナスイオン溢れるパ・ド・ドゥでした。なお、振付自体はほぼクラシックですが、KGB達のいい加減な足取りの踊りは面白かったです。

 ヴェーラ=シンデレラ役のポリーナ・ブルガーコワは、スタイルも良く、ほどよく筋肉質な脚が美しいです。ポーズの一つ一つ、特にリフトされている時のポーズが綺麗です。スパイ容疑をかけられて、フランソワと引き裂かれるところは、さすがに舞踏会で魔法が解けちゃう~レベルの話ではないので、迫真の演技でした。当時スパイ容疑をかけられるということが何を意味するか、生々しい記憶も持つ観客も少なくなかったようで、この場面は客席の空気も少し違いました。

 フランソワ=王子役のセルゲイ・メルシンは最近ちょっと珍しい男らしい踊りです。自信たっぷりそうなオラオラ系の演技で、パリ・オペラ座らしい雰囲気はまったくありません。笑 ブルガーコワとのパートナーシップあってのものですが、サポートがとても上手で、シンデレラの劇中劇での、空中での2回転半のリフトや、夜の公園での場面でのリフトなど、自然と客席から拍手が起きる鮮やかさです。



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by jicperformingarts | 2017-07-31 07:44 | 公演の感想(バレエ) | Comments(0)


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